有神無我

有神無我

肥田先生の宇宙倫理の著書の中にある言葉が頭をよぎって来る。
あまりに超人すぎて足元にも及びませんが、自分の鍛錬のために
あえて書かせて頂きます。
肥田式の鍛錬は上虚下実の鍛錬にありますが、虚ということについて
肥田先生は次のように書かれております。
 
中略
虚ならざれば、真の真に到り得ず。真の質は即ち真の性である。
虚は即ち凡てにて通ずる。凡ての真は凡ての真なり。
虚ならざれば滞る。滞る時は向上進歩が止む。
虚は一である。一は虚の真である。真は真にして虚なるが故に、真は
只真である。 一つの真に徹すれば、無限永恒の真に連なる。 年去り
年来るも真に離れしものは、浮空の幻華のみ。只法光の実相を提げて、
宇宙の霊玄を印破し得られるべし。
 
如何にして虚により、真を学ばんか?
正しき姿勢による虚実の妙によることをもって最上とする。
正禅の玄機は即ち其の処に潜むものである。
正しき姿勢態型は、解剖学的、幾何学的、生理学的、数学的であって
神経学的、心理学的、精神的心霊的結果を齎すものである。
 
正中心虚によって、虚の虚を致し、全虚純虚聖虚によって虚の虚なる
唯一神を仰ぐべきである。
・『汝我が前の前に我以外、何物も神とすべからず』(申命記五章七)
・『汝、四井なる民の神々に従うべからず』(申命記6章十四)
・『他の神に従いて之を奉ふこと勿れ』(エレミヤ記35章15)
・『汝我が面の前に我以外、何者をも神とすべからず』(出埃乃記二十章三)
総じてを虚にして、只唯一絶対完全神を仰ぎ奉る。
新井奥邃が私の題辞として送られた一句を誌して置きたい。
『有神無我』と、有無の絶妙境は即ち此処にあり。
                                                                                   (聖中心道 No21より)
 
肥田先生の云われる『肉体の物理的重心に、力学的無形の球状緊張を
起こすことによって、脳幹思考中枢の細胞機能を停止状態に置くこと
によって、ダイヤモンドのような清澄な宮殿を造ることができること
を実証された。 すべては虚であり、肥田式の鍛錬の妙味はここにある。
人間は誰もが神の子であるが故に万物の霊長としての能力はすでに
人間一人一人に授けられている。肥田式は機械的に身体を使ってその
能力を引き出すことができる唯一の人間覚醒の鍛錬ということになる。

 

たなか幽月

 

 

 

 

 

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